1520174月

伊藤博文 なんと初代総理大臣は常軌を逸した女好きだった!

我が国の初代総理大臣は非常に女遊びが激しかったようです。

明治天皇もあきれ果てて博文をたしなめたと言われています。

その時博文は「とやかく言ってくる者の中にはひそかに妾を囲っている者もいますが、

自分はプロの芸人を堂々とよぶまでです。」という趣旨の事を言ったとか。

博文は結婚後も芸者遊びに明けくれ芸者を妊娠させてしまいます。

そして、妻と別れて妊娠させた芸者と再婚、別れた妻には再婚相手を世話しています。

その後も芸者遊びは止まらず数々の逸話を残しています。

一方で、お金に関してはまるで清廉潔白。

お金に綺麗な博文は明治天皇からもっとも信頼されていました。

松下村塾時代、華美になびかない素直な性質が吉田松陰に好かれた博文ですが、

身分の違いから外で講義を聴いていたそうです。

もともと貧しい農民の出であった博文は現実的に地に足の付いた視点で日本を見ていました。

女子教育の大切さを説き、また農家に立ち寄っては米や野菜の値段など聞いたりと、

視野が広く人間味あふれる気さくな面から政治家として高い評価を受けています。

このギャップ、文字にどのように表れているのでしょう。

初代内閣総理大臣伊藤博文の筆跡


1、月の字で長い左払いはプレッシャーに強いこと、丸囲み部の交差から、

人がしり込みしてしまうことも平気でやってのける修羅場の強さが伺えること。

2、弧を描く大きなハネから人を引き付ける内面の大きなエネルギーを持っていること。

3、窮屈なことが嫌いな性格だったこと。


これらを含めてまとめてみますと、

視野が広く大きなエネルギーと地に足のついた価値観を持っている博文は

政治家として非常に有能ですが、

その大きなエネルギーは政治に留まらなかったと見ることができます。

おまけに窮屈なことが嫌いで

修羅場の強さも持ち合わせていたとしたら何も怖いものはありません。

やることはやるけど、自分の好きなこともやって何が悪い、

こんな感じだったのではないでしょうか。

それにしても時代を動かした人達のエネルギーはすごすぎます。

さすが維新の志士、スケールが違います。

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