220163月

あなたが強く生まれ変わるために文字ができること 9 傷つかない事を目的にすると幸せになれません

肩書きや能力に自信が無くても、

家族、友人から愛されている実感のある人は自分の存在を肯定しています。

一方「善だけ」の人間であろう、あらなければと思っている人は、

自分を愛してくれる人の存在に気付いていません。

自分なんか誰も愛してくれるはずなんてないと自分の存在を肯定できていないのです。

だれにも迷惑をかけない良い人でいることでかろうじて自分に価値を認めているのです。

人一倍愛情が欲しいのに自分自身を愛せていないのです。

そのままの自分では愛される訳がないと思い込んでいるので、

愛されるために良い人になろうとするのです。

あるいは好かれなくてもせめて嫌われないように生きようとします。

自分本来の素の感情や本音を晒すことで拒絶されたり、嫌われたりする事に耐えられないのです。

ぶつかり合いを避けるために良い人であろうとするのです。

ぶつかり合いの中での否定的な言葉を自分の存在の否定と捉えてしまうので、

お互いの本音や感情をぶつけ合って人間関係を築いたり修復したりする事が出来ません。

なので、ぶつかってしまったらもう関係は終わりだと思いこんでしまうのです。

しかし人間である以上考え方や生き方は違って当たり前です。

それぞれの考え方や生き方に優越は付けられないし、

正しいとか間違っているとかの問題ではないのです。

自分に自信がないと、冷静に相手の言うことを聞けません。

少しでも自分に対して否定的な言葉に引っ掛かかってしまい、

自分そのものを否定されたと思ってしまいます。その結果、

冷静なコミュニケーションとはかけ離れた売り言葉に買い言葉となり、

早い話言い合いや喧嘩が勃発します。

しかし、感情のぶつけ合いで言葉が過ぎたとしても、

それと自分を否定されることは違います。

愛情を理解している人は感情がエスカレートして言葉の応酬になったとしても、

それで自分を否定されたとは思いません。

しかし、自分の存在に自信が持てない人はその区別がつきません。

ぶつかって傷つく事が自分を否定されたと感じてしまうのです。

つまり、自分を否定されたり拒絶される事にあまりにも敏感になりすぎているのです。

常に自分に攻撃を受けないように、

また受けても逃げ道を確保しながら人間関係をやり過ごしていては

いつまでたっても人間的なつながりを築くことはできません。

たとえ一時的に傷ついたとしてもあなたの存在そのものを否定されたわけではないのです。

人を否定するような相手であればその時点でそこまでの人です。

付き合いを辞めるか続けるかどうかはあなたが決めれば良いことです。

どちらにしても、傷つかないように相手の顔色を伺いながら生きてしまうと、

相手の機嫌や態度によってあなたの快不快や幸不幸が決まってきます。

相手の機嫌が悪ければあなた自身も居心地が悪くなってしまうのです。

本来、自分の心の状態は相手の感情や言動に左右されるものではありません。

影響を及ぼす事はあっても、最終的に幸不幸は自分で決めるべきものだからです。

確かに大人になってからの付き合いは一度こじれてしまったら修復不能になる事も珍しくありません。

結婚してからや子供を通して始まった付き合いは家族を守ろうとするあまり、

争いごとやいさかいなどをできるだけ避けようと相手に合わせる事もあるでしょう。

しかし、相手を失いたくない、相手との関係を大切にしようと

心に引っかかった違和感を無視して相手に気を遣い、

自分を殺して付き合ったとしても人間関係は良くはなりません。

逆に相手に見くびられるのです。

一筆書きのような続け字は 自分に自信がある人がよく書きます

一筆書きのような続け字は
自分に自信がある人がよく書きます

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