1820162月

あなたが強く生まれ変わるために文字ができること 8 良い人からの脱皮

出来れば良い人に見られたい、ある意味それは人として当たり前の欲求ででしょう。

しかし、それと同時に厄介事に巻き込まれたくない、

面倒な事に関わりたくないから目立たないようにする、

いちゃもんをつけられないためにそのきっかけを作らない、

つまり人は無意識に自分を外部から守るための意味で「良い人」になることを選ぶのではないでしょうか。

それは「良い人」でいればそこにいても良い、存在を許してもらえるということでしょう。

つまり、ありのままの自分を受け入れてもらえる自信が無いために

「わたしは無害ですよ、危害を加える事はありませんから安心してください」と

「良い人」を知らず知らずのうちに演じてしまうのです。

確かに周囲に危害や迷惑をかける人は嫌われます。

そんな人とは誰も付き合いたいと思わないでしょう。

しかし、良いところばかりの人なんていません。

それは人間関係をある程度経験することで自然と理解できることです。

むしろ、多少我侭でワンマンであっても器が大きく人間らしさに溢れている人には多くの人が魅力を感じるものです。

そんな人は自分の短所に過剰反応しません。

良い人であろうなどとはしないのです。

「良い人」でいる事は「良い人」の仮面を被ることであり非常に疲れるものです。

ましてや沢山の人と付き合いながら良い人であり続けるのは大変なことです。

人は自分が一番大事です。それが当たり前の姿です。

恥ずかしいことでも、かっこ悪いことでもないのです。

100%善、100%悪の人はいません。

邪な考えや利己的な感情を持つのは人間である以上当たり前なのです。

その気持ちを悪いことと捉えて心の奥底に押し込み蓋をしてしまうから心が苦しくなるのです。

あなたに必要なのは、自分のマイナス感情をじっくりかみしめて味わうこと、

不完全な心を認める勇気です。

それと利己的な感情に支配されて利己的な行動に走るのはまったくの別問題です。

そこをきちんと押さえた上で自分の行動をコントロールする事が大切なのです。

例えば川で溺れている人がいたとします。

何も考えず助けようと飛び込む人もいれば、助けようか迷う人もいるでしょう。

あるいは、飛び込む事を選択しない、出来ない人だっているでしょう。

または、どうしてもそこにいる事が明らかになってはまずい状況の人は人知れず立ち去る事だってあるでしょう。

飛び込んで助けた人は素晴らしいし、

見なかった事にして立ち去った人は、人としてどうかと言う事になるでしょう。

しかし、それが人間の姿であるということです。

善悪二元論で語る事は簡単ですが、実際問題として自分だったらどうするでしょう。

泳げない自分がいたり、大切な人の一大事で急いでいる自分がいたりするわけです。

そう簡単に論じられない事が実感できるのではないでしょうか。

私達は人間である以上どの選択肢も取る可能性があるということです。

それを理解している人は心を健全に保つ事が出来ます。

自分の悪の面を認め受け入れることの出来る人は相手のことも同じように考える事が出来るからです。

しかし、それは簡単に身につくものではありません。

経験して初めて理解できるものだからです。

人は良い面も悪い面も両方持っている、

人の心には善悪両方あって当たり前ということを本当の意味で理解できている人は

人間関係の問題で致命的なダメージを受ける事はありません。

「良い人」でいるという事は自分は善だけの人間だと思い込むことです。

悪の部分を持っていてはいけないと思い込んでいるのです。

繰り返しますがそんな人はいません。

「良い人」を目指す人はまだ人間と言うものの本質から眼を背けているに過ぎません。

逆説的な言い方になりますが、傷つきたくなければ思い切り傷つく経験をしなければなりません。

それがあなたを強く傷つかなくするのです。

生真面目で善悪にこだわる 完璧主義タイプの文字の例

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