7201510月

いじめの周辺知識 27/30


子供を守るのは親しかいない

再三言うようにいじめは子供だけの現実ではない。

職場でだって、家庭でだって、趣味のサークルでだって現実に起こっている。

もし、大人であるあなたがいじめの対象になってしまったらどうするだろうか。

特定の人物に執拗に嫌がらせや個人攻撃を受けたとしたら

大人であってもどうしていいかわからず心を病み、自分を見失い、自らの命を絶つ人は少なくない。

大人ですら対処できないのだから、

子供にいじめを受け止め自分を守る判断を求めるのは無理というものだ。

だからと言って担任、学校、教育委員会、文部科学省に助けを求めたところで所詮はシステムだ。

システムに根本的な解決を求めても無理だろう。

教育行政は「何もしてくれないではなく何もできない」と思っていたほうが間違いない。

よって、誰かに何とかしてもらう問題ではない。

まず当事者が現実を見据え覚悟を決める。

周囲のサポートはその土台の上で初めて成り立っていくのだ。

いじめ問題は当事者同士の心の戦いだ。

いじめてくる相手の理不尽な価値観を拒否して跳ね返すには自分の心を強くするしかない。

手に自分の心を踏みにじらせてはいけない。

やすやすと相手の思う壺になってはいけないのだ。

そのためには自分の心にしっかりした自分の価値観という芯を入れなければならない。

芯が空っぽだと相手がずかずか入ってきて好きなように蹂躙されてしまう。

同時に、いじめる側も自分自身の心との戦いである。

いじめる側だって心が弱いのだ。

大切な時間を人をいじめる事に費やしてしまう。

その時間を自分のために建設的に遣う事をせず、欲求に流され限りなく自分を落としていく。

人間の心には「支配」「攻撃」などいじめに繋がる欲求と同時に

「親和」「理解」「援助」「養育」といった「思いやり」に繋がる欲求だって持っている。

その時その時でそれらの欲求の力関係は違ってくる。イライラしている時は攻撃欲求が強くなるだろうし、

良いこと嬉しい事があった時は優しい気持ちになる。それが人間だろう。

四六時中「いじめ」続けるという事は自分の心の動きに焦点を当てていない。

それは自分の心を無視して反応しているだけで単なる思考停止状態である。

いじめる側はそんな事を繰り返していると、自分の価値観を作り上げる事も出来ないし、

自分が何を求めているか欲しているかだってわからなくなる。

理想とする自分の将来の姿を持っていたとしても、

「いじめ」を行い人を傷つける無頓着な心ではそこに行き着かないだろう。

いや、自分の心を見つめず「いじめ」を行い続ける人間には自分の理想の姿など持ち合わせてないだろう。

今さえ楽しければいいのだから。

そんな人間に人生を踏みにじらせることほどばかばかしいものはない。

いじめられる側が命を絶とうとするまでには時間がある。

小さいいじめが大きいいじめになるまでなすがままになっていてはいけない。

自分が「いじめ」られていると思ったら、絶対問題を先送りにしてはいけない。

明日になったらひどくなる事はあっても良くなるという事はないからだ。

被害が最小限のうちに勇気を持って状況を認め親に相談することだ。

報道にあったように同級生などから「死ね」と言われたところで「死ぬ」ことなどない。

命を絶ったところでいじめた側は反省も後悔もないだろう。

そんな人間のために命を落とすことはもったいなさ過ぎる。

簡単に死を考えてはいけない。

学校時代は人生の数年でしかないし、

学校が助けてくれないことが分かったのなら命を落としてまで行くようなところではない。

親も決して感情的になってはいけない。

誰が悪い、彼が悪いという前に子供を抱きしめてあげて欲しい。

辛い中今まで一人で頑張って戦ってきた子供に対して

自分の愛情を体で伝え子供に安心感を与えてあげて欲しい。

いじめ問題はいじめる側の親の教育が大きく関わっているうえ、

これまでのメモで延べたとおり学校側に問題提起しても解決は難しい。

親も冷静に学校をはじめとする行政の力の限界を見切らなければならない。

だからこそ最終的に子供を守るのは親しかいない。

いじめられている子供は親に見捨てられて絶望して命を絶つ。

ここは親の頑張りどころでもある。さんざん傷ついてきた子供はもう限界だろう。

親は自分の命に代えてでも自分の子供を守る覚悟を持ってほしい。

そして、その覚悟を子供に伝え続けてほしい。

親が子供の気持ちを安心させ楽にしてあげなければならない。

闇雲に騒ぎ立てずに、弁護士に相談する、転校手続きをとる、マスコミに相談するなど効果のある方法を考えるといい。

親が決して言ってはいけないのは「あなたがそうだからいじめられるのよ」と言う言葉だ。

それはそのまま親自体に当てはまる。

親が子供を守るために勇気を持って一歩を踏み出せないから子供は絶望して命を絶つ。

親も子供の姿を良く見て自分を省みたほうが良い。

親に勇気がないから子供の現実から目をそむけてしまう。

そのままだとたとえ転向してもいじめ問題はついてまわる可能性がある。

親も自分と子供を切り離して考えずに自分の姿が子供に投影されたと謙虚になり

何があっても子供を守るという強い覚悟を持たなければならない。

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