3120158月

いじめの周辺知識 25/30

周囲に対する親の言動も「いじめ」の原因になりうる

 

 親の人間関係の築き方は子供の心におおいに影響する。家

族内での親子、義父母の関係だけでなく

親の友人知人との付き合い方や言動を子供はすべて見ている。

見ているだけではなく親の姿を学習する。

昔から「子は親の鏡」と言われているが真理だと思う。

昔の人は人間というものを本当によく理解できている。

私達現代人は情報に振り回されて人間の本質を見失っているとしか言えないだろう。

子供の言動は親の価値観の投影である。

例えば弱い者いじめを行う子供がいるとする。

ほとんどの親は子供の言動に焦点を当て

「私達はそんな事を言ったりしたりする子に育てた覚えはない、

自分たちの子育ては間違っていない」と言うだろう。

確かに口では子供に「いじめはいけません、

されて嫌なことを人にやってはいけません」と言っているかもしれない。

しかし、自分たちの価値観はどうなのだろう。

義父母との関係を面倒くさがり、

電話で知人の悪口を平気で子供の前で言う、自分勝手、

人を馬鹿にする、見下す、自分さえよければいい、お金に汚い・・・

こんな土台が親の価値観ににあったとしたら、

いくら口では綺麗なことを言って自分たちはしつけをしっかりしていると思っていても、

当の子供はその言葉の意味をまったく理解できないだろう。

なぜなら、親がその姿を見せていないからだ。

子供は親の背中を見て育つ。

これもことわざだが、子供は親の言った通りにはならない、親のやるとおりになる。

子供の言動に焦点をあてるのではなく、

その言動の背景にある価値観に焦点を当てるべきなのではないだろうか。

弱いものいじめの言動を行う核の部分がその価値観の中に潜んでいる。

それは攻撃的な価値観ばかりではない。

親が自分たちの問題に正面から取り組まず逃げてばかりいたとする。

そうすると子供も問題から逃げることを学習する。

そしてそれらは親が育んでしまったものだ。

人は十人十色で考え方も受け取り方も千差万別だ。

そうなると、家庭の数だけいじめのパターンが存在する。

この手の問題にはいじめをなくするためのマニュアル本などなんの役にも立たないだろう。

私の持論として、いじめの心は人間の本能であり

すべての人間に多かれ少なかれ備わっている。

しかし、すべての人間がいじめを行うわけではないと前回述べた。

その理由はここにある。

親の価値観が、いじめの心を持っていてもその心を受け入れコントロールできるか、

それとも心のままにいじめを行う子供になるかを左右する。

親が自らの心を見つめ、心のありようを話し合うことのできる家庭では、

子供は少なくとも流されていじめに参加することはないだろう。

また親自身、嫁舅問題などさまざまな問題や葛藤があったとしても、

義父母を大切にする姿を子供に見せていれば

少なくとも子供は人間関係の複雑さを察し、

感情をはき出すTPOを学習するだろう。

人間関係には感情は付いて回る。

快系の感情は問題ないが、

不愉快、いらだち、怒りなどの感情も同じように湧き起こる。

一言で親を大切にする、他人を思いやると言っても

昔の様に何をされても言われても黙って服従したり、

自分の感情に蓋をして本心から目を反らして言いたいことを我慢する事でもない。

その感情はどこからきているのか、自分の本心はどうなのか、

感情どおりに推し進めることは自分の生き方や考え方、

つまり価値観と反していないのか。

そこのところと徹底的に向き合うことが必要だ。

簡単なことではないが、そこに目を向けなければ自分の心と向き合うことはできない。

何故家庭での人間関係にこだわるかというと、

家族が社会を構成する最小単位だからで

ここがしっかりしていることが一番肝心なのだ。

家族間でも嫁姑問題や夫婦間のいざこざなどが

家庭内の「いじめ」に発展する事もある。

人それぞれに様々な理由があり

家族だからこそ理不尽な思いを強いられている事も多々ある。

というか、問題のない家庭など存在しない。

だからこそ、相手に対する思いやりが必要なのだ。

一番身近で切っても切れない存在である家族との人間関係のあり方が

その人間の価値観であり生き方の方向性だ。

嫌な思いをさせられたからと言って子供の前で平

気で悪口や人格否定の言葉を吐いたり、

年老いた親や祖父母に対して無視や冷たい仕打ちを

平気で行なっている家庭の子供は思いやりを学ぶ事はできない。

小さな子は言う事を聞かない。

それはまだ理解力が育っていないからだ。

お年よりも年齢とともに理解力や体力が衰えてくる。

そんな人間の当たり前を理解しようとしないで、

それらの姿を馬鹿にしたり、

できないと怒ったりする人間は思いやりの心が育っていない。

加えて子供の前で人の悪口をいう、馬鹿にする。

そういった姿を子供達は真似する。

気に食わない人間は馬鹿にしていいんだと学習する。

そして他人に対して親がしていることと同じ事をする。

良く知っている身近な人間に対して自分との違いを拒絶して

「いじめ」を行なう。

待ってあげる事も手を差し伸べてあげる事もできないしやらない。

感じ方の違いや考え方の違い、能力の違いに我慢ができない。

その子の個性を理解することができないのだ。

自分より劣っている子には何の感情も抱かない。

親が損得勘定で人間関係を築いていれば子供も同じような人間関係の築き方をする。

自分にとって何のメリットもないと判断した子には無視や拒絶を行なう。

無視も「いじめ」だ。

そのくせ自分が同じ目にあったときはひどく傷つく。

自分の世界に他人との共存はない。

自分の気に入った人間のみで自分の世界は構成できると思っている。

学校で積極的に「いじめ」を行っていなくても

親が家族をないがしろにしていると子供は、

自分が家庭を持ったときに家庭内で「弱いものいじめ」を行なうだろう。

「いじめをなくそう」を叫ぶ前に大人は自分の姿を省みなければならない。


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