920157月

いじめの周辺知識 21/30

大津中2いじめ自殺事件は社会の縮図

つい先日の7月5日、また痛ましいいじめ自殺があった。

岩手県矢巾北中の村松亮君だ。このケースはいじめが直接の原因であったにも関わらず、

担任の対応が村松君を死に追いやったと見られても仕方がない。

繰り返しになるが、いじめはなくならない。

しかし起こってしまったいじめに対してはきっちりと対応していかなくてはいけない。

そのことをずっと訴えてきた。

平成23年10月に起きた大津中2いじめ事件は、

大津市教育委員会の非常識で無責任極まりない「いじめ」隠蔽に非難が集中し

「いじめ防止対策推進法」ができるきっかけとなった。

しかし、事あるごとに行なわれた行政の「いじめ」を無くする取り組みの成果は押して知るべしである。

子供にも親にも教師にも行政の声は届いていない。

理由は再三書いているが大人ができない事を子供にやれといっても無理だからだ。

今回の矢巾中の事件はこのことを証明する結果となった。

矢巾中の事件と大津中の事件といったいどこが違うのだろう。

経緯は異なるかもしれないが、大人が子供を裏切ったということに関してはまったく同じだ。

矢巾中の担任もれっきとしたいじめの加害者と言えるだろう。

つまり、文科省がどんなにいじめに対して取り組み、法律を作ったとしても、こういった事件は一向になくならない。

周囲の大人の価値観が変わらなければいじめを解決することは不可能だと断言できる。


大津中の事件に戻る。

この事件は単なるいじめ自殺事件ではなくれっきとした犯罪であり、

大人社会の現実そのものを私達に突きつけている。

これを単なるいじめ事件だと捉えていてはいけない。

自分達に関係ない、人事だと思っている人はいじめ問題の本質は捉えることができない。

詳細は報道の通りであるので詳しくは記さないがポイントはここだ。


  1. (加害者)やって良いことと悪いことの区別がつかない

・・・口を粘着テープでふさぐ、鉢巻で手足を縛る、自宅から金品を盗む、 葬式ごっこを行なう等

2. (担任)無責任、生徒に対する裏切り

・・・担任は被害者から相談を受けたにも関わらず適切な対応をとらなかった。

3. (加害者)人の痛みを分かろうとしない

・・・加害者達は被害者のSOSを無視する。自分以外のものに対して無関心。

4. (加害者)分別がない

・・・ 加害者達は自分達が何をしでかしたか理解していない。

亡くなった被害者の写真などに穴を開けたり落書きをする非常識行動をとる。

5. (担任、学校、教委)なりふり構わぬ自己保身

・・・担任は「いじめ」に気付かなかった、学校と教育委員会は「いじめ」を知らなかったと主張する。

アンケートの非公開。

6. (担任、学校、教委)人間としての責任感皆無

・・・担任は遺族に謝罪を行なわず事件後休職。学校、教委は「いじめた人間の人権」を主張する。

これでは学校サイドも立派な加害者である。

学校を舞台にしているからいじめ問題となるだけであって、

このような事件は大人社会では珍しくもなんともない。

規模は違っても身の回りで日常的に起きていることだ。

問題は

やって良いことと悪いことの区別がつかない

無責任、生徒に対する裏切り

人の痛みを分かろうとしない

分別がない

なりふり構わぬ自己保身

人間としての責任感皆無

こういった価値観の人間が増えていることである。

そして自分勝手な価値観に基づいた行動が行過ぎいろいろな事件に発展していく。

その原型ともいえる大津中事件は大人社会の縮図そのものである。

子供を指導する立場にある大人がこのような価値観に疑問を抱かないのなら

いくら「弱いものをいじめる事は人間として絶対に許されないとの強い認識を持つこと」

などと声を大にして訴えても聞く耳を持つ人間はいないだろう。

被害者生徒が命を絶つ事を選ばざるを得なかったのは、

加害者生徒に自分の叫びが届かなかったことは言うまでもないが、

助けを求めたにも関わらず助けてくれなかった大人の裏切りに絶望したのだろう。

大人の言動を子供達は見ている。

大人の姿を見て、言っていることとやっていることが違っても全く気にしなくてもいいのだと学習しているのだ。

報道によると、大津中事件後の加害者達に反省の色は無いという。

と言うことは、加害者の親の認識がそうなのだろう。

親が「悪いこと」だと教えないのだから子供だって「悪いことをしてしまった」と思うはずもない。

加害者生徒のある母親は自分の子供がいじめを行った事を認めないところか

「家の子は悪くない」とビラを配ったという。

もちろん世間の目は冷たいだろうが、この親子が罪を償わずに生きようとしても許されるのが現実である。

いくら悔しくても行政が介入できる範囲は決まっている。

自分さえよければ良い価値観の親は「思いやり」を子供に教育する事はできない。

そんな親だからこそ子供が問題を起こしてしまう。

親の価値観が子供をそうさせてしまう。

幸いにも子供が成長過程でその価値観に疑問を持ち

新しい価値観を持つことができるならいい。

しかし、幼稚な価値観に疑問を持たないまま

その子供が教師になってしまうことだってあるだろう。

そうなるといじめ問題は収拾がつかないところかいじめ自殺は続いていく。

痛ましい事件から何も学習しようとしない教育現場。

その現場を構成しているのは大人の価値観だ。

このままでいくと大人の価値観はますます貧弱で幼稚になっていくのは明白である。

そしてこれ以上に非常識ないじめ事件は後を絶つことはないと断言できる。


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