30201611月

不平等とオンリーワン

私達が持って生まれた気質、

個性などの特徴や家庭環境は皆違います。

その違いは見た目や教育、

生活スタイルの違いを作り出します。

「差」ではありません。違いです。

違いは善悪ではありません。

自分より顔が良い、背が高い、スタイルが良い、

家がお金持ち、頭が良い・・・これらは不平等といえるものではありません。

これらは平等になるわけがないのです。

違って当たり前、人それぞれにあたわったもの、

それらこそが皆声たかだかに叫んでいる

「オンリーワン」そのものなのですから。

それなのになぜ「違いこそがオンリーワン」と言っている人が

その違いを不平等と捉えるのでしょうか。

 

自分の子が学芸会の主役じゃないのは不平等

順位を決めるかけっこは足の遅い自分の子には不平等

自分の子が賞状を貰えないのは不公平・・・

 

まだまだありますが、

そもそもみな気質、個性が違うのですから

得意なもの、不得意なものがあって当たり前です。

違いの無い世の中などありません。

この世に平等はなく不平等こそ自然の姿だとわきまえなくてはならないのです。

違いは不平等であるから悪、

皆同じは平等だから善、

だから違いをなくしてみな同じにしようという考え方は

まったくもって不自然極まりありません。

そんなことにエネルギーを費やすくらいなら、

自分の違いを個性として生かす方にエネルギーを使った方がよほど建設的です。

オンリーワンを叫ぶことは

皆一位なのだから順位をつけないでおこうという事ではありません。

むしろ順位をつけてもいいのです。

自分はお絵描きは苦手で賞をもらった事はないけどかけっこは得意でいつも一番とか、

自分は運動は苦手だけど楽器を弾くのは上手で選抜に選ばれるとか、

お絵描きも運動も苦手だけど勉強が大好きで成績はいつも10位以内とか、

お絵描きも運動も勉強も苦手だけど家庭科が大好きでおいしいお菓子を友達に作ってあげるとか・・・です。

得意不得意すべてひっくるめたその姿こそがオンリーワンなのではないでしょうか。


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