3020176月

占いに何を求めるか その3

そもそも霊感ほど曖昧なものはないだろう。

科学的な検証を行っている人は別として、

我々一般人の間では、一言で霊はいる、いないと言いきれるようなものではなく、

あくまでも信じる、信じないというレベルでしか語ることは難しいだろう。

ものは目で見るが、見たものの情報は大脳へ伝えられて像として認識される。

つまり、見たものがそのまま像として認識されるわけではない。

大脳を通すから、それぞれの大脳の機能や気質によって

見える人と見えない人が出てくるのだろうと思う。

もちろんそれがすべてだとも思ってもいない。

私のちっぽけな頭で霊などいないなどと言い切るつもりはない。

理屈で説明できない不思議なことは実際にあるからだ。

分からないものを無理やり自分の頭の中の少ない材料で結論づけるつもりはない。

ただ、見えない情報を空間から受け取る能力を人は持っているのだと思う。

第六感と言われているそれだ。

その分量と言うか、感度が人によって違うのだと思っている。


一昔前に細木さんとか、江原さんが流行った時、

「スピルチュアルビジネス」と言う言葉を知った。

そして、見えないものが見える事はすぐれた能力であるとの考え方がはびこった。

結果、素人でも霊が見えたり聞こえたりする人は「すごい人」となり、

自称見える人が、細木さんや江原さんのように振舞い、

ちやほやされたり取り巻きができたりした。

皆が霊能者やメッセンジャーにあこがれた背景があったと思う。

ここに群がる人たちは自己顕示欲とコンプレックスのかたまりだ。

実害をもたらせない程度ならかわいいのだが

その中には非常にタチの悪い流れが二つある。

一つは霊感占いに依存させ金づるにすることだ。

もう一つは、見える、聞こえる事をタテに、人を心理的に操作し陥れ絶望させ支配する。

人を落して自己顕示欲を満たす、

気に食わない人に対する攻撃欲求を合理的に解消する、

つまり、大人のいじめに発展させる。

これをやられて心の病気になった人は多い。

自分を見失い命を絶った友人もいる。

ものの感じ方は人それぞれだし、人は見たいようにものを見る事ができる。

だからと言っていきなり今まで見えないものが見えたり聞こえたりした時、

脳の回線に支障がおきたと考える事はしないのだろうか。

「自分も霊感来た!」と歓迎するのは余りにも脳天気過ぎるのではないか。

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